■環境と人間との関連を考える第三の医学

いま問題の子供のことばかり騒がれていますが、問題の子供が出る前に、実は問題の大人が出たんです。昭和30年から経済の高度成長が始まって、一番最初に壊されたのが大人なんです。そのころから、大人たちが経済成長ばかりに狂奔して、人間性を忘れてしまった。価値観の多様化時代といって、核家族になり少子化が始まった。

家族愛も少なくなり、近所づきあいもしないというかたちで、大人たちが壊れてきたわけです。そういう大人たちが子供を生んで育ててきた。それが成り金一代目の文明国型の崩壊した親ということです。

そして、昭和30年ごろに生まれた人たちが40歳ぐらいになっていて、その子供たちがいま問題を起こしている。子供が問題になったときだけ騒いでいますが、「先に大人ありき」で、本当は、そういう国をつくった大人の責任がまず問われるべきなんです。大人が正常になりさえすれば、子供は絶対正常になるんですよ。

このままの状態が続けば、いま問題を起こしている子供たちもいずれ親になるわけですから、20年後か30年後にはさらにひどい育児崩壊が起こって、子供たちも親ももっと荒れるようになる。そうなってしまっては、日本民族は自滅の道をたどるしかありません。それを防ぐには、早急に抜本的な改革をしなければいけないと思います。

どうすればいいかというと、まず問題の大人たちがこれまでの発想を変えることです。これまでは、豊かさだけを追い求めて、男たちは企業戦士になり、世界からエコノミックアニマルといわれながら、金儲けばかりに狂奔してしまった。その結果、日本の大人たちは、人間とはなにかという人間性の基本を見失ってしまっている。そういう壊れた発想をやめて、人間とはなにかということをもう一回問い直すべきです。

そうすれば、政治家でも経済人でも、それぞれの立場でやるべきことがおのずからわかると思う。親にしても、企業戦士でいるだけじゃなくて、やっばり6歳までにしっかりした子供を育てようとすればいいし、学校の先生も、文部省のスケジュールに従って知識偏重教育をやるだけじゃなくて、現場でもっと責任をもって人間教育をする。
要するに、政治、経済から家庭、学校の在り方まで、構造的に変えるということです。

親の問題でいうと、一番大切なのはとにかく子供を自立させることです。人間というのは非常に自立の難しい動物なんです。

例えば、亀の子供は自立能力があって、卵からかえったその日から自分で海に行くし、餌だって自分でとる。牛や馬も餌さえ与えておけば自立能力が育つ。これを飼育というわけです。だけど、人間はそうはいかない。人間の子供というのは、依存して生きていく動物なんですよ。依存する一番の中心が母親であり、あるいは父親や家族なわけです。3歳くらいまではしっかりかわいがって親に依存させてもいいけれども、そのままでは自立できなくなるので、少しずつ自立する脳の訓練をしなければならない。

ところが、いまの日本には、餌を食べさせて大きくさえすれば、ほっといてもまともな子供になると思っている親がたくさんいるんです。飼育と育児はまるで違うもので、これは絶対に区別しなければならない。

飼育のようなかたちで生かしておいたって、子供はまともな人間にはなれないということです。

子供を自立させるには、3歳くらいからお手伝いをさせて、そのときにほめたりおだてたりする。そうすると、ほめられることがうれしくて、嫌なことでも努力するようになる。小学校に入ってから勉強が嫌でも、お母さんにほめてもらいたくて、勉強する子になるし、嫌でも頑張る。嫌でも頑張るということをやっていると、学校も休まないし、登校拒否にもならないわけです。

自立する、嫌でも努力するという訓練は、小学校に入ったときから始めて、15歳になったら相当自立していて、大人の仲間入りができるようにしなければならない。自立心の強い子供になれば、杜会へ出てからもしっかり自立できる。ところが、嫌なことはしなくてもいいというかたちのままで成長していくと、大人になっても、働くことが嫌だからすぐやめてしまって、職を転々と変わることになるし、結婚しても、結婚生活がいやだからすぐ離婚ということになってしまうわけです。

それから、当面の問題としては、いま15歳前後で問題のある子供たちの中には、親ではもう手も足も出ないという場合もありますから、親がわりの制度をつくって、そこでしっかり育て直して家庭へ帰すというような制度を考えるべきだと思います。

文明の先進国である欧米では、親子関係がすでに壊れており、親が子供を育てることができない場合には、杜会が子供に責任を持つべきだという考え方があって、里親制度とか養子制度がきちんとできている。ところが、日本ではあくまでも親の責任という考えが強いので、親ではどうにもならなくなっても、どこにも救ってくれるところがない。そのために、親子がともに長々と苦しむことになってしまうわけです。ですから、親がだめなら、親がわりの人が育てる制度も必要です。

私のクリニックでは、そういう子供を親から離して、医療スタッフが親がわりになって、半年から数年かけて子供の自立を促すための「親がわり療法」をやったことがあるんです。働かない子供だとか、高校を中退した子供などがいて、親ではどうにもならないし、家庭にこのまま置いておけば、親も苦しむし子供もダメになるということで、70人くらい預かったんですが、8割の子供は立ち直っています。そういう親がわり制度がもっと社会的に広がっていけば、子供たちも親ももっと救われるようになると思います。
いずれにしても、いまの状態がこのまま続くと、日本は人的な面で間違いなく滅びていきます。それを防ぐには、早く手を打つ必要がありますが、いま一番問題なのは、なぜ子供たちがおかしくなっているのかという原因が、多くの人にはよくわかっていないということなんです。文部省も政治家も、なぜ子供たちがおかしくなったのかと首を傾げている。非常に理解しがたい現象とみているわけです。しかし、人間形成医学からすると実に簡単に理解できるんです。

いままでは医学というと、99パーセントは身体の医学で、心とか環境の医学はなかったんですね。身体の医学を第一の医学とすると、心と身体を一体にした心身医学が第二の医学で、この心身医学が心療内科として病院の診療科目に認められたのは、つい一昨年のことです。そして第三のまったく新しい医学が、環境と人間との関連を考える人間形成医学なんです。その環境には経済や文化も合まれていて、経済が成長するとどうして育児崩壊が起こるのか、どんな育て方をすると登校拒否になるのかということを考える。いわば「病める文明の医学」といってもいい。この病める文明の医学を理解しないかぎり、いま日本の杜会で起きている子供の心の崩壊の問題は解決ができないと、私は思うんです。


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