医療関係機関紙『SCOPE』 /1988年12月日本アップジヨン株式会社発行

21世紀が心配だ!

久徳先生は『母原病』を出す前に、ほぼ同じテーマで『先進国型の疾患と異常』という堅い本を書いたが、こちらは全然反響がなかった。
「親がこどもを育てるときに、誰も自分のこどもを悪くしようと思ってるわけじゃないでしょう。いいと思いながらやっているから、こどもが変になっても自分が悪いとは思わない。

こうすれば治りますよという書き方しても、全然関心持たれないのね。だから、しまった、と思わせる本じゃなければだめだと思ったんですよ。それで実例をたくさん入れて、親がこういうふうに育てたから、当然の結果としてこうなったと。

まず、しまったと思ってくれればいいと思って書いたんです。

昔はこどもが病気になると、その病原体は細菌かウイルスだったけど、この頃はこどもが病気になると、病原体は8割までが母親だと思えばいい。それで母原病でいいじゃないかと」
ネーミングの大勝利であった。

人間形成がひずむ

サルやネコは誰に育てられたってサルやネコになるが、人の子はオオカミに育てられればオオカミに似てしまう。育ててくれた人に似てしまうところが、人のこどもだけが持つ不思議ぢ能力なのだと久徳先生は言う。

「体の医学が第1の医学で、心身医学が第2の医学。古き良き時代はここまでの医学でよかったけれども、文明が進むとともに、人間形成のひずみによる疾患が出てきた。そういう疾患を治療する第3の医学が、いま日本に必要だとぼくは考えているのです」

母原病は、母親の害によってこどもの人問形成がひずみ、各種の疾患になって現れたものだ。ゼンソクも登校拒否も自閉症も校内暴力も、人間形成のひずみによって生じた、根は同じ文明の病だと見る。

「いままで小児科学は、素質が正常に生まれたこどもは正常に育つであろう、という前提で考えていたんですね。こどもが正常に育つためにはどういう環境でなければならないかという学問がないわけです。いまこどもたちに人問形成の崩壊が起こっている。これからどんどんひどくなってゆきます。その病気を治すためには、文明国型の第3の医学が必要なんです。ぼくが長年やってきたゼンソクという病気がそれによく当てはまるので、ゼンソクを一つの手がかりにして挑んでいるのです。大人のゼンソクもこどものゼンソクも、人問形成のひずみという面から診ることによって、本当によく治るんですよ」 久徳先生は昭和35年以来、ゼンソクの患者を5万人診た。独自の総合的治療に相当自信を持っている。

実は父原病なのだ

『母原病』を出版した年に久徳先生は、愛知医大の小児科の教授をやめ、久徳クリニックを開業した。大学教授も楽しいけれど、自分が本当にやりたい研究に充分に時をさけないことが不満だった。

「大学で研究しているのでは、とてもぼくの一生涯では研究し尽せないと思ってやめたんですよ。うちのクリニックは入れ物は小さいんですけど、文明時代の医学は何をやらなきゃいかんのか考えるとき、モデルに存るようなものを試行錯誤でつくっているんです」

久徳クリニックは名古屋市郊外ののどかな新興住宅地の中にある。裏庭にはアヒルやニワトリ、スズメ、ウサギが走り回っていて、池には鯉が泳いでいる。入院したこどもたちは、動物を相手に遊んだリ、池に飛びこんだり、楽しい思いをさせるよう工夫がされている。ゼンソク、家庭内暴力、自閉症、言葉遅れ、登校拒否などの母と子が全国からやって来る。

登校拒否は350人ばかリ診た。小学生から高校生までいるが、ピークは中学2年3年生にある。久徳クリニックで治療を受け、平均2週問で学校へ行くようにぢる。登校拒否は各種母原病の中でも、最も程度の低い母親が多いそうだ。

「白分のこどもが水に溺れてもどうしていいかわからず、ただ見ているだけというような、そんな感じの親が多いですよ。

父親も無力なんです。お母さんが本当に困ったときに、最後の責任は自分が持つという父親がいる家庭でしたら、母原病にならないんです。だから父原病なのかもしれないんですよ」

親がひどいわりには、こどもは素直なよい子が多いのが、登校拒否の特徴なのだそうだ。

「幼くて未熟で、まっすぐなんですよ。親が正常な伸ばし方していれば、スクスク伸びるこどもなんです。そして現状は誰が見たって、こんな子がまともになるかというようなダメな子ですよ。こどもに、お前、このままダメな人でいいのか、それとも普通の人間になりたいかと聞きますと、大体9割までは普通の人になりたいと言うんですよ。それじゃこのまま5年、10年先になったとき、普通の人間になれると思うか。

絶対大丈夫か、まあまあ大丈夫か、ちょっとダメか、相当ダメか、全然ダメか、と聞くわけですよ。すると相当ダメだとかいろんなこと言いますよ」

こどもの方はそういう方法で揺さぶりをかけてゆく。そして病原体である母親の治療をしなくてはならないのだが、こちらの方がはるかに大変そうだ。

「右へ行って失敗したときに、しまったと気がついて左へ行く。こういう自動制御があれば最後はよくなるんですけど、いまの愚かな親は加熱すれば加熱する方へ際限なく行ってしまう。失敗に気がつかないんですよ。指摘されてもわからないんですよ。実はいまの親はだめな親の2代目なんです。彼らの親が、昭和30年頃からの高度成長期を体験した1代目の先進国型の崩壊した親だったのです。本当の危機は、いま親たちに育てられた子供たちが3代目のダメな親になる2000年からなんですよ。おそらく95%の親たちは産むことは産むけども、育てることができなくなるのではいないか。そのためには寄宿舎のついた中学と高校をつくって、親がだめでも絶対大丈夫だというこどもにしてから家庭に戻すようなことを、考えなくてはだめじゃないかと思うんですよ」

久徳先生は21世紀の心配をしている。

同志求む

久徳先生は白分自身が一人っ子で大事に育てられすぎ、モヤシのようなひ弱な少年時代を送り、人形成の失敗の見本だったという。いまの時代に生まれていたら周り中が似たような子ばっかりで、自分は立ち直れなかったのではないかと考えている。過保護の子が来ると、自分の子どもの頃のことを思い出し、腹が立つ。

ところで先生は自分のこどもの育児は成功したのですか、と尋ねたら、答えづらそうな顔をした。文明の進化と育児本能の低下の関係について大理論をしばらくぶってから、照れくさそうに次のように白状した。

「ぼくもやっぱリ子育てに失敗しまして。大学が忙しかったですからね。しまった、白分の責任で直さなきゃならんと思ったのは、息子が中学を卒業する際だったですね。どうすればよいのかわかっていますから、ずいぶん努力したんですが、高校3年間では取り戻すことができなくて、結局5年間浪人させたんです。中学の頃かな、勉強しろと言ったら、ぼく勉強する気はないと言うんですよ。ぼくが勉強して成績が上がれば、その分だけ下がる子がいる、かわいそうだと言うんですよ(笑)」



久徳先生は大変な多弁家だ。2〜3時問は平気で一人でしゃべりまくっている。言いたいことが、あってあってたまらないという感じだ。原稿もしゃべるのと同じような勢いでバリバリと書き、大変な量の著書がある。

「ぼくはいままで好きなことばっかりやってきましたね。患者を診るのが好きだし、原稿を書くのも好きだ、講演も好きだ。

こういう医学をやりはじめたら、医者になって本当によかったと思った。やりがいがあります。先生、変わったことやっていますねって言われるけど、これが文明時代の二一ズに合った医学なんだって言ってるんです。こういう文明病やリたいという同志が増えてきたら、各地のクリニックが連携すれば、患者は転校したって同じ治療を受けられるでしょう。そのグループで共同研究して、1年に1000例の登校拒否とか学会発表できるじゃないですか」

久徳先生は21世紀に向かって燃えているが、いまひとつ同志の集まりが悪いのが悩みの種だ。




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