月刊『This is 読売』 /1998年6月 読売新聞社発行



母親に起因する子どもの異常を指摘した『母原病』から19年。時代は、『子育て崩壊症候群』に病んでいる。
「先生が昔言っていた通りの国になってきましたね」。最近、そう声をかけてくれる人が多くなりました。


久徳重盛



「荒れる子どもたち」が増えているといいます。しかし実は、「荒れる子どもたち」ばかりでなく、「働けない大人」「子育てのできない親」も恐ろしい勢いで増えているのです。ただ、どの新聞やテレビをみても、なぜだか分からないという話ばかりてす。「分からない」というのは、「人間の医学」に取り組む私の立場からみると変な話です。人の子は、狼が育てれば狼のように育ちます。育て方によって神や仏のようにも悪魔のようにも育つ動物です。例えば神戸のA少年にしても、原因もなくあのような少年に育ったわけではありません。当然の結果としてあのような子に育ったのです。

私が人間の育つ環境と子どもの成長や発達について研究を始めたのは昭和35年、気管支ぜんそくの総合根本療法の開拓に取り組んだのがきっかけでした。

当時、ぜんそくは「分からない病気」「治らない病気」とされていました。だが、調べてみると、自然に治った例が沢山ある。「ぜんそくが自然に治る仕組みを分析し、それを医学的に利用すれば治療法が確立できる」と考え、総合根本療法をつくりだすことができたのですが、この研究を通じて別の発見がありました。それは、「親がどんな育て方をすると、ぜんそくになりやすい心身の仕組みの子になるのか」ということでした。

時代は、ちょうど高度成長のはじまりでした。こうした研究を始めて、すでに約40年がたったことになります。豊かな国になると、なぜ親が子どもを育てにくい国になるのか?なぜ親は子育てが下手になるのか?どんな育て方をすると心身症や登校拒否になるのか?これらの仕組みが、次第に分かってきました。多くの問題に共通するのは、愛情の崩壊です。

図式的に言いますと、経済の成長は伝統的な家族愛の変容と崩壊をうながし、核家族化が進みます。結果として独り暮らしの老人が増えます。夫婦愛も壊れやすくなって、不倫や離婚が増加します。同様に「育児愛」が壊れた親たちも増えるため、子育てに手をかけることを楽しいと感じ、「子は宝」と感じる親が滅ります。こうして、ガミガミいう、なぐる、虐待する、無視するなど、子どもに積極的な敵意(悪魔の愛情)を持つ親が増えます。家庭の外でも、近隣愛が薄れて地域共同体がなくなるため、友人愛の薄い子どもが増えてきます。同じ文脈で師弟愛、愛校心も少ない国になるのです。

そのうえ日本では、子どもの心身の成長や発達の役に立った昔の「遊びの文化」も失われてしまいました。かわって登場したのは、人間性を壊すようなテレビやマンガです。「やっつけろ、殺せ」といったテレビゲーム、グロテスクな怪人や怪獣のオモチャ、ゲームセンター、アダルトビデオ、ホラービデオなど悪魔のオモチャや遊びが、子どもの世界に入り込んできました。

■子の育つ環境が構造的に崩壊

子どもたちは、物心つくころから愛に欠け、残忍性にあふれる国、社会、家庭、親の中で育たなければならなくなってしまいました。日本は「子の育つ文化的な環境が構造的に崩壊した国」になり、その当然の結果として「文明国型人間崩壊」と「文明国型育児崩壊」という二つの現象に覆われた国になってしまったのです。

私は、昭和46年に出版した著書の中で「将来、出産や育児はライセンス制度にせねばならない時代がくる」と書きました。今のような人間崩壊の時代の到来が予測できたからです。『母原病』出版の8年前でした。冒頭に紹介した「私の言っていた通りの国」とは、人間崩壊と育児崩壊に覆われた現在の日本にほかなりません。

今や「子は宝」と感じる親は2〜3割です。ましてや「子育てに手をかけることが楽しい」とする親は、1〜5パーセントに過ぎません。「手のかからない育児がよい」という親が主流を占めるに至っています。ぜんそくのわが子を前にして、「もう治す気はない、死んでくれたほうがいい」と言う親さえ現れる時代になってしまいました。

「産んだ子は当たり前に育つ」という時代は去りました。国民みんなが子育ての失敗をして当たり前の時代に入っています。相当数の人が、登校拒否や出社拒否を起こしています。そこらじゅうに、働けない大人、親や家庭を嫌う子があふれています。そこまで深刻ではなくとも、膨大な数の人々が、未熟な大人、未熟な夫婦、未熟な親にしかなれない。危険の極めて多い方向に急速に進んでいると言えるようです。

■2015年「病める文明」到来か

今いろいろな問題を起こしている子どもや大人は、昭和30年から60年ごろに生まれた年代層が中心です。歴史を振り返れば、日本が国際社会の中で「にわか成り金」になった第一世代であり、人間崩壊の歴史は、昨日今日に始まった話ではありません。桜の花で言えば、40年以上かかって悪の花が「三分咲き」になったところです。この花が「満開」になるのは、「にわか成り金」二代目の終わる2015年、今の中学生が大人になり、親になるころであろうと思われます。そのころの社会は、病める大人や子どもであふれ、「人間としておかしい」としか言いようのない人たちで一杯の「病める文明時代」になることが懸念されます。

いや、すでに今の私の毎日は同じ状況かも知れません。私は、ぜんそく、アトピー性皮膚炎などの体質病、過呼吸症候群をはじめ何百種類もある心身症の患者たちと向き合っています。登校拒否の現象は、症例の増加とともに高年齢化しています。出社拒否をはじめ、転々と職を変える、働けない、閉じこもるなど「成人型登校拒否」の患者は激増期に入っています。そればかりではありません。何百種類もある人間形成障害病といえる病気や異常が、すべて深刻化しているのです。ただ、心身機能のひずみに、アレルギーの加わったぜんそくやアトピー性皮膚炎にくらべれば、人間形成障害病は、その仕組みや原因分析が簡単です。

それでは、親たちはどうすればよいのでしょう。日本が子育て環境の崩壊した国になっていることを第一に理解すべきです。家族の企業戦士化、離婚や不倫の家庭崩壊、過度の早期教育や悪魔のオモチャ遊び、知識偏重教育の蔓延、地域共同体の崩壊など、子育ての落とし穴は数多くあります。「文明時代の賢い親」になる努力とは、こうした落とし穴から自分自身と子どもたちを守る努力にほかなりません。親と子を不幸に巻き込む「子育て崩壊」という名の津波は、あなたの家庭にまで迫っているのです。

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